雑記

キンドル、iBook、自炊・・・今、絶対に知っておきたい電子書籍と出版、3つの事実

iBook / iBook Author 、4月にAmazonからリリースされる日本版キンドル(Kindle)と
今後、電子書籍周辺の生態系が大きく変わるので、そのあたりの情報をまとめました。
ネット業界的には今年、1・2位を争うホットトピックだと思います。

本稿はボリュームがありますが、この記事を読んでいただければ、電子書籍・出版業界の現状と今後について十分な情報を得ていただけます。

今、知っておきたい電子書籍界隈、3つの事実

1.出版社は本を出版し続けないと倒産する自転車操業状態

作られた本のうち、4割が誰にも読まれず捨てられているとご存知でしょうか?
裏を返せば、買う本には捨てられる4割の本のコストが内包されているわけです。

技術書は平気で4000円しますし、
ビジネス書でも1日1冊買って読むとしたら月3−5万ぐらいお金がかかってしまうんですね。

ここには・・・

a. 出版社が本を出版すると、全部取次が買い取る。この時点で、出版社は取次から売上が立つ。小売からキャンセルされた売上相当分はのちのち返す。

b. 取次は小売流通を全部抑え、かつ販売価格を固定し、小売での値引き禁止している。(再販制度)

c. 本が売れなくても小売店はその本を取次店に返せば元値で買い取ってくれる。

d. 過去の販売データを取次が抑えているし、キャンセルすればお金は戻ってくるので、取次はどんどん小売に書籍を送っていく。

e. その結果、実際に購入されずにキャンセルされ、捨てられる本が4割。

大事な点は、出版社にとって出版し続ける限り、取次からキャッシュを得られるという構造です。実際に、その本が売れなくても1次的にお金が出版社に入るという意味では、取次は流通でありながら、出版社にとってお金を貸してくれる銀行と同じ役割を持っていることになります。

資金力のない出版社は、出版不況で本が売れなくなり、そもそも冊数が出なかったり、キャンセルが増えている中で、今日までのコストを、今日の出版物で得る取次からの売上で回す自転車操業状態になっており、裏を返せば、その構造から新たな出版を止めると、キャッシュが止まり倒産するという宿命にあります。

2.電子書籍の権利を抑え忘れていた出版社

電子書籍が存在すると思っていない90年代までは、紙の出版権は抑えていたものの、デジタルでの出版権を抑えるという概念が存在しませんでした。それどころか、本来、出版社と著者の間で正式な契約書が結ぶべきだったのですが、著者との関係が深いこともあり、実態としては口頭約束で正式な契約書を結ばないままということも往々にしてありました。

そもそも電子書籍について記載がなかったり、契約書を正式に結んでいない場合、電子版での出版権は著者にあることになります。各出版社は出版済みの書籍についても、電子書籍の出版権を抑えにいっているというのが現状です。

今の隙間ビジネスとして、書籍を裁断して、PDF化してタブレットで読む「自炊」を代行する業者が、雨が降った後の竹の子のようにどんどん生まれています。現在も全く需要に追いつかず、多くの業者が2-3ヶ月待ちという大盛況で、業界トップのブックスキャンにおいては米国進出も果たし、米国内でも事務所が送られてくる本でいっぱいになっているようです。

業界の方によると、現在の需要の背景としては、電子版にして、いつでも持ち歩けるようにしたいというニーズもあるが、電子書籍化して本棚や本部屋を無くしたい、というスペースに限りのある日本ならではの事情が強くあるとのことでした。

利用規約を読まないという方がほとんどだと思うのですが、例えばブックスキャンで言うと著作権についてという項目で以下のように記載されているのはご存知でしょうか。

BOOKSCANのPDF書籍変換システムへ依頼できるものは、著作権法に基づき、著作権フリーのもの、著作権が切れているもの、ご自身で著作権を有しているもの、著作者の許可がとれているものです。該当しないものは、トラブル防止のため、ご遠慮ください。

つまり、著作権OKのものだけ送ってね、あとから著作権侵害だってうちが言われても、ユーザーさんがOKって確認後のものだけを送ってもらっていると思っていました、では、その本のスキャンはすぐに辞めます、という仕組みになっています。

ちなみにこのようなやり方は、プロバイダー責任制限法に基づいて、閲覧できる場を用意しているのであり、ユーザーが著作権違反コンテンツをアップロードした場合、通報に基づいて事後削除するという、YouTubeもニコニコ動画などがやっているネット業界的な手法に近い感じします。

再販制度を崩壊を恐れる出版社は、電子書籍化して自分から価格を下げるということもできないですし、一方で、自炊行為生まれるDRMフリーの書籍がシェアされる恐怖感もあって、なんとかこの自炊行為を辞めさせたいという思いを持っていました。

当時ネットでも騒がれましたが、アメリカでスティーブジョブスの伝記が17ドルで販売されている中、日本では上下巻あわせて3800円、電子版も同じ3800円という、ユーザーを無視したこの体制を継続しないと出版社は困るわけです。

そこで、東野圭吾氏を筆頭とする著者達の名前で、こういった代行業者にアンケートを送り、回答をした業者の中で、今後も自炊代行事業を続けていく意志がある、と真面目に回答した2つの業者を相手に訴訟を起こしました。アンケートは地雷だったということです。

この背景は、あくまで裁判をしたかったのは出版社で、出版権しかもたない自分たちでは代行業者を訴える口実が作れず、東野圭吾氏を始めとする代わりに訴えてくれる著者を探して、「複製権の侵害」という内容で差止請求を起こした、というのが背景です。

原告側は「業者が大規模にユーザーの発注を募ってスキャンを行う事業は、著作権法上の複製権の侵害に当たる」と主張。こうした代行業を野放しにすれば「わが国の創作活動や出版活動が衰退する事態を招くことになる」としている。

続いて、著者と出版社の関係に関して、3つ目の事実として以下にまとめました。

3.出版社に刃向かえない著者

著者の収入は一般的に非常に不安定です。著者の収入の柱は出版による印税であり、初版でいくら、重版でいくら、と印刷を重ねていくたびごとに収入が入る、いわばスポットでの収入が中心になるからです。以前、ガイアックスソーシャルメディアラボのメンバーとしてポケット百科 facebook 知りたいことがズバッとわかる本
の共著を致しましたが、初版が出る前から初版分でいただける原稿料がコミットされており、重版が掛かるたびに原稿料が入るという流れでした。

その構造において、自分の名前だけで食べていける一部著者を除いて、ほとんどの著者は出版社がなければ書籍化できず食べていけないので、基本的に友好な関係にいたいと思っていますし、多少のことがあってもあまり強く出られない、という状況です。

一方で、著者が出版社を介さず収益を上げる流れが出てきています。「ブラックジャックによろしく」「海猿」の著者の佐藤秀峰氏のケースが特徴的で、作品を自身が運営するウェブサイト「漫画onWeb」で無料公開し広告収益を得るとともに、ダウンロード課金をしています。ITメディアの記事によると、佐藤氏は

「無料で公開するほうが、サイト全体の売り上げは上がる」

と語っており、先の業界構造に反旗を翻す、チャレンジングなモデルとして注目しています。他にも、有料メルマガは著者にとって出版社に依存しない、安定的な収益源になりますし、Gumroad のように著者がインターネットの力を使って、流通を飛ばして、直接コンテンツを販売するという流れは今後も続くのではなかと思います。

キンドル、iBook、自炊から想像する電子書籍の未来

1. キンドル

キンドル上陸で期待することは、Amazonが持つ Buying Power を背景に、日本の出版業界がまったり進めてきた電子書籍化に、一気にプレッシャーをかけ、押し進めることです。

加えて、アメリカでは、著作者に有利な条件を提示する一方で、紙よりも低価格で提供することを条件にしています。

・販売価格2.99ドル以上9.99ドル以下であること。
・デジタル版の販売価格はあらゆる印刷版の価格の80%以下の価格でなければならない。

上記を含め、一定の条件を満たすと著作料が70%、条件外では35%となります。

日本ではスティーブジョブスの本を始め、再販制度の元、本と同じ価格で販売したいという出版社側の圧力が働いていますが、今回の日本版キンドルで出版社からデジタル版の本を出させると共に、価格を押し下げるところまで実現するのか、ということが注目すべき点になります。

2. iBook

著者が自分で「出版」(=iBookAuthor)ができ、流通(=iBook)ができるようになりました。iBookAuthorについては当初、当ツールを使って制作した書籍は無料であればどこで配ってもよいが、有料で販売する場合はiBook Storeのみ可能というレギュレーションを設けました。批判が相次いだからなのか、その後、有料であってもPDFやその他の電子書籍フォーマットであれば、他で販売してもよいということになりました。

このことによって、出版社を通さずとも制作から流通販売まで一貫して提供できるようになりました。裏をかえせば、今まで出版社は著者へ出版に際する原稿料として、8-12%程度の著作料を支払って来ましたが、あくまで出版社がいないと成り立たないビジネスモデルだっただけで、この件を皮切りに著作料の交渉ができるようになります。

3. 自炊

自炊業者がどんどん生まれてくる中でさえ、需要が追いつかない状態です。
ブログで明示できないのですが、ある根拠に基づいていた私の調査によると2012年2月現在までにおおよそ100万冊、重複を抜いて30万冊程度の書籍がすでにPDF化されていると推察をしています。国内で最大の書店である池袋ジュンク堂に置いている書籍が、常時在庫150万冊ということですから、自炊の波が生まれて1年ぐらいで国内最大店舗の書籍数に徐々に迫ってきています。

これは、出版業界が出遅れたという環境と自分でPDF化することを厭わない日本人ならではの細かさが表出した現象だと思います。私が今月上旬にシリコンバレーに行った際の現地の方の反応は、「日本人はそこまでして本を電子化したいのは驚き。米国人的には考えられないし、それ以前にAmazonがあったしね。」というものでした。

今後、この溜りに溜まったDRMフリーのPDFデータが、音楽におけるナップスターのように出回る危険性も十分にあると思います。

昨年のちょうど今頃、「baiduライブラリ」というリリースされ、あまりの批判ですぐにサイト閉鎖をしました。
コンプライアンスという単語を知る者であれば誰もがイナバウアーしてしまい そうな新サービスが百度から。

2月に入ってから18歳の方も同様の犯罪で捕まっています。
漫画「ワンピース」など3800冊分を無断配信で少年逮捕 250万人アクセス

無料で配信することでユーザーは楽しめるものです。しかし、著作者が著作料を取れないということで、次の作品を生み出せないということであり、Amazonを始め電子書籍の市場が整うことは重要な意義があると考えています。

4. 未来

講談社の全新刊、6月から紙と電子で同時刊行へ

昨日ニュースが出ていましたが、この講談社の取り組みように徐々に出版社も重い腰を上げ始めています。講談社が電子書籍をいくらで販売するのかは現時点でわかりませんが、いづれ早かれ遅かれ、電子書籍の価格は下がることになります。

また、著者が販路を自分で拡大する道が増えて、出版社に依存しなくてもよくなっていきます。著者は「無料」を始め独自のプロモーションで、多くの「共感」を集め、自身の名前で本が売れていくことになります。ソーシャルメディアはそのスクリーニング機能でより良いものを、嘘偽りなく引き上げ、メディアが創り上げてきたヒット作の構造を壊していきます。その意味で、これからの著者は本当に世の中に響くいい作品を作ることに純粋に集中できるのではないでしょうか。
一方で、出版社に求められる機能は、今まで最も価値が高かった「流通を抑えていること」ではなく、良い出版物を出すための「コンサルティング」と、1人の著者では仕掛けられないムーブメントだったり、文化づくりといった「総合的なプロモーション」に絞られていくのではないでしょうか。

前者の「コンサルティング」に関して言うと、編集者の技量にかかるウェイトが高くなります。現在は、出版社に所属するサラリーマン編集者と、どこにも属さないフリーの編集者と2パターンいるのですが、前者のサラリーマン編集者は会社の中で自分の企画の稟議を通さないといけないので、どうしても自分の会社の顔色を伺ってしまいます。フリーだからといって必ずしもそうではないてすが、読者にとって純粋な面白さを追求できるヒットメーカーの編集者は、今後より重宝されますし、もっと高い年俸を取れるようになるのではないでしょうか。

また、コンサルティングや総合的なプロモーションは余力のある企業しかできないですし、自転車操業で回らない、資金力のない出版社は大手3社(小学館、講談社、集英社)に買収をされるか、自然淘汰されていくのではないかと思います。

アメリカでは、創業2年で、著者2000人、独立系の出版社80社と契約し、3000冊以上の電子書籍を出したスマッシュワーズを代表として、電子書籍ディストリビューターがビジネスを拡大しています。今年に入っての講談社、Amazonの動きを見ていると、国内でのこの手のビジネスに今から参入するのは、はすでに二歩・三歩遅い感じがしますが、まだ頭角を表している企業もないという状態だと思います。

Appleは現在、教科書にターゲットを絞って展開していますが、もちろん広大な一般書籍マーケットは彼らのターゲットですし、分厚い、高い、重いという3重苦を背負った書籍は全て電子書籍化の大きな恩恵を受けられるものと思います。そういう意味では、プログラミングの技術書などはまさに格好のターゲットと言えるのではないかと思います。

最後に、佐々木俊尚氏の電子書籍衝撃が非常に詳しく、参考にさせていただいております。この分野の必読書だと思いますので、もっと幅広く、詳しく情報を得たいという方はご覧下さい。

最後に、長文を読んで頂き、ありがとうございました。